2022.07.02

松山大学 藤野選手 ~バスケットボール人生の分岐点~

来たる7月4日(月)より、国立代々木競技場第二体育館他にて

全日本大学バスケットボール新人戦(プレ大会)が開幕します。


今年度新設されました今大会、

四国地区男子優勝校にコラムを執筆してもらいました。


はじめまして。自己紹介させていただきます。

松山大学経済学部経済学科3年男子バスケットボール部で主将を務めている藤野颯真です。よろしくお願い致します。


本コラム執筆にあたり、私のバスケットボール人生、特にバスケットボール人生の分岐点になった中学校を振り返りたいと思います。また同時に今大会での抱負もつづりたいと思います。


僕がバスケットボールを始めたのは父と兄がしていたからです。小学生になるころには、家の庭にはバスケットゴール、家の中にはバスケットボール、とバスケがすでに生活の一部にありました。その影響もありほかのスポーツには見向きもせず、バスケットボールへの道に進みました。


当時、私が所属していたミニバスは、県大会では毎年良い成績、時には全国の場で結果を残すような、常勝校でした。しかし私たちの代は県大会一回戦敗退という残念な成績でした。


私たちの中学校もまた、ミニバスのメンバーがそのままあがるため、当時は県大会常勝校でした。不安でいっぱいでしたが、最後の総合体育大会の結果は四国三位でした。

そこには私のバスケットボール人生の恩人と言っていい顧問の先生の存在がありました。先生の厳しくも愛情のこもった指導こそが私のバスケットボール人生の大きな分岐点だったと確信しています。

県の新人大会では優勝することができ、以降はその座を守る立場となりました。優勝というのは、経験したことがなかったので、当時は喜びと同時にプレッシャーを味わいました。

その経験はとても嬉しく、努力が報われた瞬間でした。もちろん練習は精神的にも体力的にも厳しい内容でしたが、私たちは先生を信じ、日々の練習に励みました。

このような壁があったからこそ、また顧問の先生が壁を作ってくれたからこそ、ミニバス県一回戦の敗退メンバーで四国三位という結果を残せました。

バスケットの能力、そして人間性を高めることができた三年間でした。


私の進学した高校は県大会常勝校ではありませんでしたが、高校でもまた顧問の先生の高い指導力とチームメイトにも恵まれ、県大会でベスト4に入ることができました。


そして顧問の先生の助言もあり、松山大学に入学しました。

松山大学での部活では様々な高校からくるであろう同期とバスケットをすることが楽しみの一つでした。同期は私含め六人でしたが、今では私含め選手二人、マネージャー、一人の三人になりました。

しかし、頼りになる先輩方、優秀な後輩たちの存在で、同期の少なさを感じることなく、部活動を行えています。

大学では改めて先輩方、後輩たち、マネージャーへの感謝、チームというものの重要性と偉大さを実感させられました。


今大会は、今までの多くの方々への感謝を胸に、私たちができることを最大限発揮し、まずは一勝することを目標にチーム全員で戦います。


まだまだコロナの終息が見込めない中ではありますが、このような大会が開催されることに感謝しています。

そしてここまでバスケットボール人生を支えてくれた両親や私に携わってくれた方々への感謝も忘れず、試合に挑みたいと思います。

松山大学の応援のほどよろしくお願いします。


松山大学の初戦は

7月5日(火) 11時30分〜 @駒沢オリンピック公園総合運動場室内競技場Bコート

vs日本体育大学


チームの想いを乗せ、一勝に向け戦う姿に注目したい。

Writer
北澤 陽奈子(キタザワ ヒナコ)

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