2020.11.27

松山大学 丹下選手〜感謝できるチームへ〜

松山大学男子バスケットボール部主将の丹下希です。よろしくお願いします。

私が、バスケットボールを始めたきっかけは、両親がバスケットボールをしており、小さい頃からバスケットボールに触れる機会が多く、その影響によりバスケットボールを始めました。


私は、大学でバスケットボールをするつもりではありませんでした。なぜなら、高校時代に身長という壁に悩まされました。県内では、身長差の壁をあまり感じることがありませんでした。しかし、インターハイやウインターカップ、国体といった様々な経験をしていく中で、全国という大きな壁に悩まされ、自分の力不足を痛感しました。バスケットボール人生の中で、1番熱中し努力してきたのが高校時代でありました。身長では、どこかで辛い思いをすると覚悟していましたが、それは自分の想像以上に大きな壁であったため、大学ではバスケットボールの道から離れようと考えていました。そこで、高校の同級生や先生から松山大学でバスケットボールをしてみないかと声をかけていただきました。高校時代の先輩方が多く、先輩方の話しを聞くところ良い雰囲気だったので、松山大学でバスケットボールをすることにしました。


大学でも頑張ろうと、いざ松山大学に入学してみると、試合に出られるどころかユニフォームすらもらえない日々を過ごしていくことが多く、なぜ自分が出れないのか、いくら努力しても見てもらうことはできず、モチベーションやバスケットボールへの考え方が変わり、練習に行かなかったり、部活をやめようと考えたこともありました。そんな時、先輩や同級生が悩みを聞いてくれたり、たくさん声をかけてもらいました。高校時代、様々な経験を提供してくれた先生にも、ここでバスケットボールをやめるという選択は、申し訳ないという気持ちもあり、バスケットボールを続けることを決めました。それでも、今まで通り試合には出られず、ユニフォームをもらうことできないという日々が続き、徐々に苛立ちを隠すことができませんでした。先輩方が引退し、やっと、自分たちが中心となったときに、チームメイトのみんなが自分を主将に選んでくれました。その期待に応えられるよう頑張ろうと思い、日々の練習に取り組みました。このチームを良くするには、どんなことが大切かを考えました。みんなが、迷いなくバスケットができるチームにしようと思い、周りに声をかけるなど、チーム内でのコミュニケーションを密に行うことにしました。しかし、チームは個性派集団なので、なかなか一つにまとめることはできず、このチームで勝つことができるのか不安でした。松山大学は、四国ではここ数年負けてないという成績があり、それがさらにプレッシャーとなって、押し潰されそうになりました。今のメンバーは高校時代から共に戦ってきているメンバーが多く、絶対に勝ちたいという気持ちがあり、様々なところで努力をし、一つのチームとして作り上げてきました。


辛いこともたくさんありましたが、インカレの出場が決まった時、このチームの主将をしてよかったと思います。


インカレでは、今まで良い成績を残したという実績がないため、主将としての最後の大会のため全力でプレイし、良い結果を残せるように頑張りたいと思います。また、この状況下のなかインカレが開催できること、バスケットボールができることに対し、様々な人の協力があるため、競技を続けることができるという気持ちを大切にし、感謝の気持ちをもってプレイしていきたいと思います。

Writer
前田 琉我(マエダ リュウガ)

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