2022.12.02

白鷗大学  ギバ賢キダビング選手 〜マイナスからのスタート〜

来たる12月3日(土)より、国立代々木競技場第二体育館他にて

第74回全日本大学バスケットボール選手権大会が開幕します。


74回にも及ぶ歴史ある今大会、

関東地区の男子優勝校にコラムを執筆してもらいました


こんにちは。白鷗大学4年、ギバ賢キダビングです。よろしくお願いします。

 はじめに、本ブログを執筆させて頂き本当にありがとうございます。自分なりにこれまでのバスケットボール人生で得た経験を文章で綴りたいと思います。拙い文章ではありますが、ぜひ最後までお付き合いいただけると幸いです。


 私は茨城県つくば市出身でバスケットボールと初めて出会ったのは中学1年生の頃です。

当時、私が通っていた学校は私立の中高一貫でスポーツよりも勉強に重きを置く学校でした。

その為、中学校には部活動として対外試合が認められていた部活動はサッカー部とバスケットボール部のふたつしかなく、他はサークルとして活動していました。

そんな環境の中で私は最初に同じクラスの仲の良い友達とバレーボールサークルに入ろうとしていました。

入ろうとした理由は至ってシンプルで1年から3年生まで全員女の子しか所属してなくてその中に入ろう思っていました。

入部届をバレーボールの顧問の先生に提出しようと職員室に行った時にバスケットボール部の女子の顧問をしていらっしゃっていた先生に捕まりました。

その先生はお前らどこのサークルに入るんだ?と尋ねてきたので、バレーボールサークルですと答えると絶対にバスケットボールに入れと強く勧められました。

これが私のバスケットボールを始めたきっかけです。



それから中学3年間過ごし、地区大会の2回戦が最高成績で引退しました。

高校に上がったら正直もうバスケはやめようと思ったのですが、中学の3年間を同じバスケ部で過ごした親友2人が高校でも続けると誘ってくれたので高校でも3年間頑張ることができました。

高校での最高成績は県ベスト8でした。それでも中学、高校で過ごした6年間のバスケットボール人生は本当に輝いていました。

最高の仲間たちに恵まれて全国にも関東にも行けませんでしたが、みんなと共に汗水流して必死こいてボールを追いかけていたあの日々は今でも私の宝物です。

そこから私は今度こそはバスケはやめようと思いました。しかし、またまたバスケを続けました。

今度は色んな人達のご縁で続けることができました。


 下手くそでバスケットボールのいろはも分からない私が進学したのは隣の県にある白鷗大学でした。

最初はあまり、バスケットボールを見なかった私でさえも名前は聞いたことのある大学界の中でも強豪が集っているあの関東1部の大学に進学するんだというワクワクの気持ちと反面、本当にこんな所で自分が通用するのだろうかという不安でいっぱいでした。

ですが、私は入寮し最初の練習で現実を突きつけられました。

他の同期との圧倒的実力差、先輩たちの足元にも及ばない自分自身の実力、練習の2時間の内の最初の10分で全てを悟ったあの日のことを今でも覚えています。

そこで私の立ち位置というのを改めて痛感させられました。

自分は他のみんなと同じスタートラインで大学バスケットボールライフを始められると思っていたのがみんなのはるか後ろからのスタート。

マイナスからのスタートなんだと気づきました。

その日から私は毎日毎日死ぬ気で練習しました。

下手くそなりにでも努力では誰よりも1番になってやろうと思いました。

ですが、1年生の頃はなかなか試合に絡むことが出来ず、新人戦もベンチに入ることが出来ませんでした。

ベンチ裏から見る同期たちの活躍がとても眩しく見えてたのを覚えています。

新人戦が終わると私はBチームに加わり練習していました。

しかし、それからリーグ戦が始まり、怪我人が出てしまい代わりに私が控えから出るようになりました。

ですが、そこでもやはり自分自身の実力の無さを痛感することになりました。

2巡目の青学戦、神大戦で終盤にミスをしてチームは負けてしまいました。

このリーグ戦からどんなに努力しても努力の仕方が正しくなかったら意味がないんだと気づき、努力の仕方を変えていくようになりました。

そこで頼ったのが私の2個上の先輩である藤岡慎太郎でした。彼は私にとって師匠のような存在になっていきました。バスケに関しては超アツい男でした。

そんなこんなで1年目のシーズンが過ぎて2年生となりました。2年生はコロナの影響でシーズン通して少ない試合数のシーズンとなりました。

また、慎太郎のラストシーズンでもあり、彼自身もキャプテンを務めており私はバスケを教えてくれてプライベートでもお世話になっている彼の為にもよりひたむきに努力して良い形で引退してもらおうと思い、がんばりました。

インカレでは去年の4位という成績のひとつ上の3位。初のメダルを獲得することが出来ました。

人生で初めてのメダルでした。私が後に自分の代になった時にキャプテンになろうと思い始めたのはこの2年生の頃からでした。

師である慎太郎の背中を見続けてこんなキャプテンになりたいと思い、私は次の3年生のシーズンから慎太郎の背中を追うようになりました。

自分自身の活躍よりもチームを第一に考えて動き、声を誰よりも出し続ける。

そんな慎太郎のようなプレーヤーになろうと思いました。

3年生の頃は怪我など重なり、春のトーナメントには出場できず、またリーグも体調不良などと重なり、途中からの出場になりました。

それでも、やはり試合にはそんなに絡むことが出来ずにいました。

ですが、それでも自分には他にもチームに貢献出来ることがあると考え、練習から試合中のベンチから声を出し続けてチームメイトを鼓舞し続けようとしました。

インカレでは1個上の先輩たちのおかげで日本一に輝くことができました。

とても嬉しい気持ちが溢れると同時にインカレでも3回戦からは試合に絡むことが出来ずにいた現実にとても悔しい思いをしました。

そして、最終学年の4年生になり、いよいよ自分たちの代になりました。同期の後押しもあり、キャプテンを務めさせて頂くことになりました。これまでの先輩たちが残してくれた偉大な記録を超えられるように死ぬ気でがんばろうと思った矢先に私にとって心を引き裂かれるような出来事が起きました。


2月28日、中学高校で苦楽を共にした友の死です。

 彼の名はたつひとと言います。

たつという愛称で呼んでいました。

3月の頭に私は同期と近くの温泉に疲れを取りに行った後、帰宅してスマホの画面を見たら中高の仲のいいメンバーのグループに通知が来ていました。

それを見るとグループ通話がされていました。

久々にみんなと話せるなと思い通話の参加ボタンを押すと友人のひとりが話していました。

私が「珍しいねグループ通話なんて」と言うと、友人は「たつひとが亡くなった」と一言言いました。

最初はなんかの冗談だと思いもう1回問うとたつひとが2月28日に亡くなったと親父さんから連絡が来たと言いました。

人生で初めて頭の中が真っ白になりました。

数日後に通夜と告別式がありそこで3年ぶりに再会したたつは綺麗な顔で静かに眠っていました。

手を握り、顔に触れ、冷たい彼の身体に触れてはじめてそこでもうこの世にあいつの元気な姿は見られないんだと分かり涙が止まりませんでした。

けど、あいつの魂はいつまでおれたちの心の中で生きている。

そう思い、私はこいつの分もおれたちが全力で生きていこうと誓いました。

日本一になって顔向けできるようにと。


 それからの日々はより練習に力を入れていきました。しかし、プライベートで上手くいかずメンタル的にも追いやられてしまい、練習にも身が入らない時がありました。

キャプテンとしてひとりのプレーヤーとして最悪の状態でした。チームの雰囲気も練習の雰囲気も悪くなり、途方に暮れていました。

しかし、どん底にいた私を救い出してくれたのはチームメイトの存在でした。

特に同期には感謝しきれないほど助けられました。お前がしっかりしなければ誰がチームを引っ張っていけるんだと喝を入れてくれました。

私はひとりでこのチームを引っ張っていかなくてはいけないんだと勘違いしていました。

私は初めて気づきました。こんなにも周りの人に恵まれている私はとても幸せ者なんだと。

そして、今までは口ではチームの為にと言ってきたものの、心のどこかでは自分自身の活躍を望んでいる自分がいて自分の為にプレーしているということにも気づかされました。

このままではダメだと思い、私はこのいつも助けてくれる同期のため、チームメイトのため、応援してくれる家族、友人、支えてくれているみんなのため、亡くなった友のために全力でプレーしようと思いました。


 春のトーナメントでは惜しくも準優勝となりましたが、リーグ戦では初の優勝を飾れました。

また、個人としても出場機会が増え、スタートで出させてもらえるようになりました。

まだまだ、目標である日本一にはなっていないのでチームとしても個人としても飾らず、驕らずに謙虚に貪欲にインカレでも一戦一戦大切に戦い抜いて必ず優勝できるようにチーム一丸でがんばりたいと思います。


ここからがスタートラインです。


ここまで来るのに3年半かかりましたが、やっとみんなの横で戦えます。


最後はみんなと笑って終われるようにこれまでの全ての人に恩返しできるように全力で戦い抜きたいと思います。


ぜひ、今後とも白鷗大学の応援よろしくお願い致します。



最後にこの場をお借りしてこれまで支えてくれた全ての人に感謝したいと思います。


私をバスケットボールの道に引き込んでくれた恩師である松本先生、能登先生、福田先生、大川先生、谷川先生、田原先生、金澤先生。


中学高校のチームメイトである、たいし、かいと、としや、りく、はやと、だいき、りょうた、まさと、ふみと、れお、けんと、だいち、いっさ、ゆうき、まさや、しゅん、しょうた。


親友たちのゆうし、だいき、まひろ、そうま、いおり、やすゆき、まさや、まる、こうへい、ふみや、あつひろ、たつひと、かいと、げんき、あらちゃん、ひかり、かな、まい。


天国にいるじいちゃんばあちゃんたち、けんじおじさん、ごっちゃん、たつひと。


同期のみんなチームのみんな。


いつも支えてくれている両親、兄弟。


応援してくださってる全ての方々、全員に感謝しています。

あなたたちの存在がなければ今の自分はいません。

本当にありがとうございます。


白鷗大学の初戦は

12月8日(木) 17時00分〜 @大田区総合体育館Aコート


連覇に向けた圧巻のバスケットに注目したい。

Writer
JUBF 広報部( )

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